東京高等裁判所 昭和28年(ラ)455号 決定 1954年12月22日
(昭和二八年(ラ)第四六八号及び昭和二九年(ラ)第二六号各抗告事件)
大阪市東区備後町二丁目二十一番地
抗告人 株式会社 大和銀行
右代表者代表取締役 寺尾威夫
右代理人弁護士 岡本尚一
大橋光雄
(昭和二八年(ラ)第四三二号抗告事件)
東京都中央区日本橋通一丁目五番地
抗告人 東京金属工業株式会社
右代表者代表取締役 松下正己
右代理人弁護士 田中政義
(昭和二八年(ラ)第四三三号抗告事件)
東京都港区赤坂田町三丁目八番地
抗告人 深沢知加夫
(昭和二八年(ラ)第四五四号抗告事件)
東京都新宿区若葉一丁目十一番地四
抗告人 公信株式会社
右代表者代表取締役 早野隆太郎
同都中央区日本橋蠣殼町一丁目十一番地
抗告人 蔭山栄之助
同都江戸川区小岩町七丁目百六十六番地
抗告人 佐野安秀
藤沢市片瀬新屋敷二千百六十三番地
抗告人 青木由五郎
東京都渋谷区代々木山谷町二百五番地
抗告人 久保安隆
同都品川区大井森下町四千百二十三番地
抗告人 真山きよ
横浜市南区大岡町五百二十七番地
抗告人 高野晃
東京都北区稲付西町一丁目十五番地
抗告人 神村昭
神奈川県逗子町桜山二千百三十四番地
抗告人 松島康子
東京都港区芝白金志田町一番地
抗告人 中央金融株式会社
右代表者代表取締役 山下金平
同都中央区銀座四丁目五番地
抗告人 株式会社 マルニ商店
右代表者代表取締役 上原一郎
同都練馬区関町五丁目四百五十三番地
抗告人 栗山順吉
千葉市吾妻町一丁目二十三番地
抗告人 千葉土地建物株式会社
右代表者代表取締役 鳥海確蔵
東京都中央区西八丁堀四丁目一番地
抗告人 丸建工業株式会社
右代表者代表取締役 長山善建
京都市中京区新町錦小路上ル
抗告人 林進堂
東京都中央区八丁堀一丁目一番地
抗告人 林炳松
同都墨田区江東橋四丁目一番地
抗告人 林有鳳
同都江東区亀戸町一丁目九十一番地
抗告人 高地孝子
同都中央区銀座西二丁目五番地
抗告人 小川光国
同都江戸川区平井一丁目九百七十四番地
抗告人 平岩国蔵
埼玉県大宮市大字大宮三千三十二番地
抗告人 山下玽一郎
東京都板橋区志村西台町二百番地
抗告人 石毛伸鉄株式会社
右代表者代表取締役 石毛銀一
右抗告人二十二名代理人弁護士 大政満
田中政義
岡野伊三雄
(昭和二八年(ラ)第四五五号抗告事件)
東京都中央区日本橋本町二丁目五番地
抗告人 三金興業株式会社
右代表者代表清算人 横塚正一
右代理人弁護士 岡野伊三雄
(会社更生手続開始申立人)
東京都港区芝田村町四丁目一番地
相手方 株式会社津上製作所
右代表者代表取締役 津上退助
右代理人弁護士 佐藤博
小田久蔵
前記冐頭表示の各抗告事件について、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
原決定を取消す。
相手方のなした本件更生手続開始の申立を棄却する。
申立費用並びに抗告費用はすべて相手方の負担とする。
理由
第一、抗告の趣旨及びその理由
原裁判所は、相手方株式会社津上製作所の会社更生法による会社更生手続開始申立を理由あるものと認めて、「株式会社津上製作所について更生手続を開始する。金子喜代太及び鈴木祥枝を同会社の管財人に選任する。」旨の更生手続開始決定をした。この原決定に対して、各抗告人は抗告を申し立て、「原決定を取り消す。本件会社更生手続開始申立を棄却する。」との裁判を求め、その抗告理由として、別紙「抗告理由書」に記載したような趣旨を主張した。
第二、当裁判所の判断に供した資料
当裁判所は、本件について調査をするため、職権を以て、証人佐々木六郎、小津茂郎、柴田莊次、横山平四郎、三並義忠、青木保、石川寛三、久住中陽、早坂力、大橋光雄、広井義臣、土肥東一郎、管財人金子喜代太、鈴木祥枝、相手方会社代表者津上退助をそれぞれ尋問したほか、原審における各尋問調書、原審並びに当審において申立人、抗告人、相手方、管財人その他利害関係人から提出された各疎明書類、そのほか一件記録に存する各関係書類を判断の資料に供した。
第三、抗告の適否について。
一、抗告人の適格について。
各抗告人(昭和二九年(ラ)第二六号事件における抗告人株式会社大和銀行を除く)が、いずれも相手方会社に対する債権者であることは本件記録に存する各資料に徴して明かである。
会社更生法第五十条第一項の規定によると、更生手続開始の申立を認容してなされた更生手続開始決定に対しては、即時抗告をすることができるものであつて、その抗告人としての適格については、同法第十一条において、「その裁判につき利害関係を有する者」と定められている。ここにいう利害関係を有する者とは、その裁判について法律上の利害関係を有する者を指すのであつて、単に経済的ないしは行政的な意味においてのみ利害関係を有するに過ぎない者は含まれていないと解すべきことは当然であろう。従つて本件においては、各抗告人のような会社債権者が、更生手続開始の裁判について、「法律上の利害関係」を有するかどうかということが問題となる。ところで更生手続が開始されると、債権者の個別執行や破産手続等は禁止され、債権者の権利は更生計画に定められるところのものを受ける権利に転化せしめられることとなるのであるから、これによつて債権者の権利の具体的内容ないしはその実現の形態そのものに重大な影響をもたらす結果となる。この意味において、債権者は更生手続を開始すべきものかどうかということについて、単なる経済的利害関係を有するにとどまらず、進んで法律上の利害関係を有するものと考えなければならない。従つて債権者は、会社の申立を容認してなされた更生手続開始の裁判について、まさに法律上の利害関係を有するものと解するのが相当である。
この趣旨において、各抗告人は相手方会社の申立によつてなされた本件更生手続開始決定に対して会社更生法第十一条にいわゆる「その裁判につき利害関係を有する者」として抗告をすることができるものといわなければならない。
二、昭和二九年(ラ)第二六号抗告事件における抗告の適否について。
(一) 同抗告事件における抗告人株式会社大和銀行は、担保付社債信託法の受託会社としての資格において、総社債権者のために本件抗告を申し立てたものである。
同抗告状添付の各資料に徴すると、相手方会社は同抗告会社との間に昭和二十七年十二月二十日第二回物上担保附転換社債信託契約を結び、これに基いて総額五億円のうち第一回発行分二億五千万円の社債を発行したものであつて、抗告会社は右社債についての受託会社であるところ、昭和二十九年一月十二日社債権者集会の決議によつて、同抗告会社は会社更生法第百六十一条に定める更生手続に関する一切の行為その他担保附社債信託法第八十六条に定める一切の行為等についてまかせられ、次いで同年一月二十七日社債権者集会代表者の決議を経た上同抗告会社は総社債権者のために、本件抗告を申し立てるに至つたことが認められるところで社債権者も会社に対する債権者という立場において、更生手続の開始を命ずる裁判について会社更生法第十一条にいわゆる利害関係を有するものであることは前段において債権者の抗告適格について説明したところによつて明らかであろう。会社更生法第百六十一条の規定によると、担保附社債信託法の受託会社は、社債権者集会の決議によつて、総社債権者のために更生手続に関する一切の行為をすることができるものであるから、受託会社は社債権者集会の決議に基いて、その資格において、社権債者の叙上の趣旨における利益を守る目的の下に、総社債権者のため、更生手続開始の裁判に対して、自ら抗告をなし得る適格を有するものと解すべきである。本件においては、同抗告人は、前述のように、担保附社債信託法の受託会社として社債権者集会並びに社債権者集会代表者の決議によつて、更生手続開始決定に対して抗告を申し立てたものであるから、その抗告は叙上の趣旨において適法であるといわなければならない。
(二) ところで右抗告が当裁判所に提起されたのは、昭和二十九年一月二十七日であつて、会社更生法第十一条に定める抗告期間を徒過していることは、記録上明らかである。
よつて同抗告人主張のような事由によつて抗告申立の追完が許されるかどうかについて考える。
会社更生法第八条は、更生手続に関しては同法に特別の規定がないときは民事訴訟法を準用する旨を定めている。
更生手続開始決定に対する抗告において、不変期間たる即時抗告期間を遵守しなかつたことに関する追完ということについては、会社更生法には特段の規定がないから、民事訴訟法第百五十九条に準拠して、その適否を決すべきものと解する。
本件において原裁判所が更生手続開始決定をなしたのは、昭和二十八年十一月十八日午前十時であつて、その公告のなされたのは、同年十一月二十七日であることは、記録上明かである。ところで担保附社債信託法の受託会社が総社債権者のために、更生手続に関する行為なかんずく抗告申立をしようとするに当つては、会社更生法もしくは担保附社債信託法に定めるところに従つて、社債権者集会の決議ないしは社債権者集会代表者の同意が必要であるという法制上の建前からみて、社債権者集会の開催その他諸般の手続を整備するために、相当の期間を要することは、みやすい道理であるから、同抗告人が受託会社として昭和二十九年一月十二日社債権者集会の決議を了し、同年二十七日社債権者集会代表者の承認を経た上、本件抗告を申し立てるに至り、その間抗告期間を徒過したことについてはまさに民事訴訟法第百五十九条にいう「当事者の責に帰すべからざる事由によつて不変期間を遵守することのできなかつた場合」に該当するものというべきであろう。従つて本件抗告は、即時抗告期間を徒過したものであるにかかわらず、その追完は許されるものと考える。よつて同抗告人が昭和二十九年一月二十七日社債権者集会代表者の承認を得てその所要手続を完了し、ここに「その事由の止みたる後」一週間内になされた本件抗告は適法であるといわなければならない。
第四、会社更生法は違憲立法であるとの所論について。
一、抗告人は、「会社更生法は憲法第二十九条に違反した法律である。従つて原裁判所が同法を適用して更生手続を開始する旨の決定をしたのは、これまた憲法に違反するものである。」と主張するものであつて、その論旨は要するに、「(一)会社更生法中財産権の制限規定は、債権者の権利を他の債権者の多数決によつて不当に侵害するものである。(二)憲法第二十九条第二項の規定は、既存の財産権を縮少しもしくは拡大して変更する場合を規定したものではない。(三)債権者の権利を犠牲にして会社の潰れるのを防ぐのは、公共の福祉に適合するものとはいえない。」ということに帰する。
二、憲法第二十九条は、その第一項において、財産権の不可侵を保障する原則をとりつつ、しかもその第二項において、財産権の内容は公共の福祉のために制限を受けることを認めている。ここにいう財産権の内容が公共の福祉のために制限されるということは、単に将来発生すべき財産権についてその内容を規整し得ることを意味するばかりでなく、公共の福祉を維持もしくは増進するために必要な場合には、現存する既存の財産権の内容についても新な制約を加え得る趣旨をも含むものと解すべきである。
三、会社更生法においては、更生手続に伴い実体権の変更ないしは多数決による反対者の拘束という強力な手段が認められておつて、この意味において債権者、株主その他の利害関係人の有する財産権の内容に対する制約という結果となることは、これを認めなければならない。
しかしながら、会社更生法は、会社を債権者の犠牲においてのみ救済しようとするものではなく、債権者、株主その他の利害関係人の利害を調整しつつ、その事業の維持更生を図ることを目的としているのである。会社の再建如何については、単なる私法上の債権者ばかりでなく、国や地方公共団体等の公法上の債権者はもちろん、会社の労働者、従業員等も、切実な利害関係を有するものであつて、会社更生法は実にこれらの錯綜する利害を調整して企業の更生を図らんとするものである。かようにみてくると、企業の解体による損失は、ひとり会社、株主、債権者等の関係者にとつてばかりでなく、社会的にも軽視することはできないのであつて、再建の見込のある限りは、これを更生させるようにすることが、社会的観点からみて誠に望ましいところである。この趣旨において、会社更生法は、社会公益的立場からして、企業の解体によつて生ずべき広範囲にわたる損害を防止するため、その企業の維持更生を図ることを目的としたものである。従つて会社更生法に、既存の財産権の内容を制約するような規定が設けられているとしても、それは右に述べたような社会公益的目的を実現するための措置として、憲法第二十九条第二項にいわゆる公共の福祉に適合するものというべきであつて、会社更生法は何等憲法の条章に違反するものではない。
四、よつて会社更生法が憲法第二十九条に違反する法律であるということを論拠とする抗告理由は採用できない。
第五、相手方会社については更生の見込がないから、その更生手続開始の申立は棄却さるべきものであるとの抗告理由(すべての抗告人に共通する主張)について。
一、会社更生法は、その第一条において明記するように、窮境にあるが再建の見込のある会社について、その企業の維持更生を図ることを目的とするものであつて、その趣旨を受けて、同法第三十八条第五号は、更生の見込がないときは、更生手続開始の申立を棄却すべきものであると規定している。ここにいう「更生の見込」というのは、(一)その会社企業についての如何なる状態を意味するものであるか、また(二)その状態は如何なる時期を基準として判断さるべきものであるかという点に問題が存する。
(一)会社更生法の目的とするところは、会社企業の解体によつて生ずべき社会的損失を防止しようとするところにあるのであつてここに「更生の見込」というのも帰するところ、企業の解体を妨止してその事業を維持し得る方途について期待性があるかということである。ところで更生手続が開始されても、その後に発生した経済情勢の変動や利害関係人の意見の不一致によつて更生手続が所期の目的を達成し得ない場合があろう。ところが会社更生法はこれらの場合に備えて更生手続の廃止(同法第二百七十三条以下参照)もしくは清算を内容とする計画の樹立(同法第百九十一条参照)などの措置を講じているから、「更生の見込」ということは、一般的にいつて常に必ずしも当初から成功確実であるという場合に限らず、再建の見込がないわけでもないという場合をも包含するものと解すべきであろう。しかしながら現在の社会的経済的その他の客観的情勢からみて、また会社債権者その他の利害関係人の動向から考えて、更生手続によつては企業の維持更生という所期の目的が終局的には達成されないことが、客観的に首肯される場合には、これを以て「更生の見込がないもの」と判定するのが妥当であると考えて差支がないであろう。
(二)そして更生手続を開始するための条件として、いわゆる「更生の見込」があるかどうかを判断するに当つてはその事件を審査する裁判のなされる時を以て標準とすべきものであるから、単に更生手続開始申立の当時又は原裁判所が開始決定をなした当時の事情のみを判断の対象とするものではなく、抗告裁判所がその裁判をなすに至るまで、抗告審において疏明された諸般の情勢を、その判断の資料に供することができるものと解しなければならない。
(三)以上の趣旨において、相手方会社について更生手続による会社更生の見込があるかどうかについて検討する。
二、本件記録に存する各疏明書類を綜合して考えると、次の事実が一応認められる。
相手方会社は、昭和十二年三月十五日設立された資本の額五億円精密工作機械、精密測定機及び工具等の製造並びに販売を主たる目的とする株式会社である。相手方会社は主力工場を長岡市に有し、同工場は金属加工の基盤となる工作機械、測定器及び工具の三者を生産し得る施設並びにこれに対応する多年の経験を有する人的機構を持ち、昭和二十四年工作機械の生産禁止が解除されてから、着々その実をあげ、国内はもちろん外国においても、相当の名声を博し、昭和二十六年三月ヘリサートの製造販売に関して米国ヘリコイル社と、また昭和二十七年七月自動高速ネジ切盤の製造販売について仏国クリダン社との間に、それぞれ技術的提携契約を結んだが、昭和二十六年下期以降米国バークレー社と機械類の連続的輸出の契約をなし、昭和二十七年三、四月頃には毎月六十台位の注文を受ける手順となつたので、これに対応する増産態勢を整えるため施設の増設人員の増加を図つたところ、たまたま同社から破約せられその契約は実行されるに至らなかつたため、金融難に逢着し、極力局面打開につとめたものの、銀行融資の途は開かれず、応急の措置として市中金融機関からの借入金によつて善後処置を構じたけれども、施設の増設による利益があがらぬばかりでなく、莫大な滞貨を生じ、資金は益々困難となつて、昭和二十七年夏頃相手方会社の製品の需要が、特需の増加に伴う機械工業の復興から、漸く増加しつつあつたにかかわらず、運転資金の枯渇を加え、市中金融及びその金利支払のための手形発行を繰り返すうち、手形不渡を出し、遂に昭和二十八年六月十八日東京手形交換所において取引停止処分を受けるに至つたものである。
三、相手方会社が多年経験ある人的機構を有しその工場施設並びに製品は非常に優秀であつて、我が国産業の発展上に寄与するところが少くないことは、本件記録に存する各資料、殊に調査委員広井義臣同土肥東一郎の調査報告書の記載並びに当審における証人青木保、久住中陽、早坂力の各証言に徴して、これを肯定することができる。従つてかような会社企業を、債権者その他の利害関係人の権利実現の満足を得るためのみに、直ちに解体するということは、我が国産業の発展からみても、また利害関係人の権利の調整という立場から考えても、望ましからざる事態であつて、この意味において更生手続による処理が一応期待されるであろう。しかしながら抗告人等の主張によると、社債権者を含めて一般債権者は、企業の解体如何にかかわらず、単独にて個別的執行もしくは破産手続により、または担保権の実行によつて、随意にその権利の満足のみを図らんとするものではなく、更生手続以外の方法によつて、企業の解体を防止しつつ、自己の権利実現を可能なる限度において期待しているものであることが諒とせられる。従つて更生手続によらなければ相手方会社の企業を抹殺解体するという望ましからざる結果をもたらすものとは、にわかに断定し難いのである。かようにみてくると、相手方会社の工場施設並びに製品の優秀であることのみの事由によつて、相手方会社の更生手続による再建が望ましいものとみなすことはできない。
四、相手方会社は、更生手続開始の申立に当つて、「昭和二十八年三月三十一日現在において、資産総額三十億六千百七十九万二千七百七十七円七十八銭を有し、債務総額は二十三億一千八百三十五万六千百九十四円二十三銭で差引七億四千三百四十三万六千五百八十三円五十五銭の資産超過の現況である。」と主張しているけれども、前記調査委員の調査報告書によると、右の主張とは逆に、相手方会社はかえつて巨額の債務超過にあつたことが窺われる。すなわち、相手方会社の債務超過額は、昭和二十八年六月二十九日(財産保全処分発令当時)において、企業の現状継続を前提とする立場からみると、その債務超過額は四億数千万円に達する状況にあるものであつて、まさに支払不能の状態にある。
かようにみてくると、特段なる企業経営の合理化と適切なる資金調達とが行われない限り、更生手続を開始しても、株主、債権者その他の利害関係人の権利を調整しつつ、この巨額の債務を適当に償還して行くことは、到底期待できないものと考えられる。
ところで当審における管財人金子喜代太鈴木祥枝及び相手方会社代表者津上退助の各供述並びに相手方会社労働組合から提出された上申書その他の疏明書類をあわせ考えると(イ)企業経営の合理化に当つては、会社労働者の整理その他の犠牲を伴いがちであつて、この点については、会社労働組合の強力なる反撃が予想されるのであり、現に後述するような管財人の更生計画試案についても、同労働組合に異議があるところであるから企業経営の合理化という問題も会社労働組合の動向からみて、しかく容易に実行し得ない面が存し、また(ロ)金融界その他一般経済界において、金融緊縮策のとられている今日、金融界その他から企業のよりよき運営もしくは債務償還のため適切なる融資を受けることは困難である状況にあることが窺われる。
従つてかようにみてくると、更生手続を開始しても、債権者その他利害関係人の権利を調整しつつ、この巨額なる債務を適当に償還処理して行くことは、甚しく困難であるといわなければならない。
五、当審における証人佐々木六郎、三並義忠、管財人金子喜代太、鈴木祥枝の各供述をあわせ考えると、相手方会社の生産する精密工作機、精密測定機、工具等は優秀なる製品ではあるが、その製品はその性質からみて多量生産に適しないものがあり、また国内向け外国向けの観点から需要の面において更に進展を期し得ないものがあり、或いはその製品の価格が比較的高価に失する欠点のあるほか、国内国外において有力な競争生産会社が出現するに至り、ここに相手方会社の企業は、営利企業として甚しく困難な立場に逢着していることが窺われる。
六、相手方会社の債権者(社債権者を含めて)が本件更生手続の開始について、いかなる態度をとつているものであるかを調べてみる。
原審における各証人の証言、当審における前掲両管財人及び相手方会社代表者の各供述並びに各債権者の上申書その他の疏明書類、殊に各抗告人が本件について抗告を申し立てている事実を綜合して考えると、相手方会社債権者のうちには、更生手続によつてその権利の調整もなされることについて、敢て異議のないものも存するけれども、債権者としてまた担保附社債権者を代表するものとして多額の債権を有する抗告人大和銀行を初め、その余の抗告人その他多数の債権者は、更生手続による事態の処理について異議があることが窺われる。
七、相手方会社は当初、会社更生法による更生手続の開始を申し立てながら、その後当審において、原決定以後の情勢により更生手続によつては、会社の更生を期待することは不可能となつたので、抗告人の主張するように、原決定を取り消し、本件更生手続開始の申立を棄却することが相当であると、自ら主張するに至つたものであつて、その理由とするところは、次のようなものである(昭和二十九年十月八日附準備書面参照)。
相手方会社が更生手続の開始を求めた本旨は、同会社の有する諸種の財産並びにその生産力と負債額とを対照勘案して、債権者、株主等利害関係人の被る損害をでき得る限り最少限度に喰い止めつつ債務を整理弁済して、資本の構成を適度に調整するとともに、同会社の優秀にして高性能なる技術と経験を生かし、そのために完備する工場設備を活用することによつて、高精度機械の生産事業を維持発展せしめ、以て最近重要性を加えきたつた我が国機械産業の発達に寄与せんとするにあつたものである。ところが更生手続開始以後の推移経過に徴すると、最も有力なる金融機関を始め、その他多数の債権者は更生手続に異議ありとして本件申立をなし熾烈にこれを争うとともに、数回にわたつて開かれた関係人集会においても、債権者の多数は常に更生手続に反対の意見を表明して、今日に至るも緩和の徴候が見えないばかりでなく、その後昭和二十九年七月下旬に至つて管財人から更生計画試案が有力利害関係人に内示されたがこれに対して一般債権者の委員の殆んど全員は不服を唱えて一挙にその試案を返上した実情である。この後多少修正された更生計画案が提出されたとしても、到底債権者について必要数の同意を得る見込のないことが明かとなつた。そして右試案によると、在来の資本金額を十分の一(五千万円)に減少すると同時に、二億円を増資しそのうち一億円を大口出資者と称する他の事業会社に引受払込ましめ、以て相手方会社をその会社の従属系列に入れんとするものであつて、相手方会社の工場を右事業会社の下請工場と化し、同工場の使命を特色をも一切捨ててかえりみないという如きものである。この試案は予定出資者の拒絶により不可能となり、今後考えられているものは、右増資株二億円全部を債権の一部弁済として一般債権者に交付するに止まり、今後の会社事業の経営が如何なる陣容、いかなる資金的バックを得てなされるかの最も重要な要素についての考慮は未だ示されていない。右更生計画試案はいわゆる会社の身売りないしは殆んど清算を内容とするものであつて、会社の真の更生を計るものではない。従つて債権者、株主、従業員等利害関係人の同意を得ることが至難に陥つたことは当然である。このような事態に立ち到つたことは、更生手続について最も有力なる金融機関を始めその他多数債権者の同意が得られないことに基因することが明かとなつたので、相手方会社当局者は、現実の情勢に即応して局面の打開を図る必要を痛感し、右金融機関以下債権者等と懇談を重ねた。その結果これら債権者は更生手続には反対なるも、破局を希望するものではないので、なるべく従来の企業を傷けることなく再建し、資金と適当な新経営陣を迎えて経営を刷新すると同時に、よりよき債務整理案を樹立するにおいては、援助を惜しまない真意を有することを確認したので、ここに意を決して更生手続によらない自力更生の方針に切り替え会社の再建に努力せんとするものである。相手方会社においても、これに必要なる新融資の獲得、経営陣の刷新構成債務の整理弁済案、その他について責任を以て成案を得るとともに他方管財人にも上記の経緯を述べて会社の円満な良き更生のためその協調を懇請しており、いずれも遠からずその成案を得る運びとなりつつある。要するに本件更生手続開始決定を維持してこのまま更生手続を進行するも、徒らに混乱と紛争を重ねるばかりであつて、更生計画案について担保権者、一般債権者その他の利害関係人に必要法定数の同意を得る見込はなく、会社の再建は遷延して関係者の不安動揺をみて、少くとも更生を非常に困難ならしめることは明かである。よつて相手方会社については、その後の事情変更により、今日においては更生手続による会社の更生は見込ない場合に該当するに至つたものである。
ところで相手方会社は当初は自ら更生手続の開始を申し立てたものであり、従来当抗告審においても、本件抗告の理由がないことを極力主張し相手方会社については更生の見込が十分存するものであると力説しておきながら、その後自ら更生の見込はないものと変説するに至つた真意については諒解に苦しむところがないではない。この点について、相手方会社取締役社長津上退助及び同副社長簡牛凡夫等の提出した昭和二十九年十月八日附上申書の記載並びに当審における相手方会社代表者津上退助の供述によると、「相手方会社は多額の債務を負担するものではあるが、優秀なる工場設備その他多くの流動資産を有し、加えて自他ともに許す技術と経験による生産能力をもつておるから、その負債を整理して企業の再建を図ることは十分可能であると信じ、本件更生手続開始の申立をしたのである。ところがその後において融資銀行、その他有力債権者等利害関係人の多くは、意外にも更生手続に一致して強硬に反対しており、現に管財人から内示された更生計画試案については、いずれも熾烈なる反対の意向を表明し、その他株主、従業員等関係者の動向に関しても、もはやこれ以上現在の更生手続を続けるときは、日々に会社の更生を困難ならしめ、利害関係人今後の利益に反する状況を招来するのみとなり、会社の再建更生は期し難いことが明かとなつた。そこで相手方会社役員としては右有力銀行筋その他と話合を進めた結果、これらの諒解を得ることができたので、これら利害関係者の意向を体してその協力と援助とによつて、自力による別途の方法を以て企業の再興を図からねばならなくなつたことを痛感し、ここに会社役員としては右別途手続による場合の準備として、全力を挙げて所要資金の融資について有力筋と接衝をつづけており、新に経営陣の構成、債務弁済方針についても協議を進めており、それぞれ近く成案を得る運びになつておる。」ということが、相手方会社の企業再建の方途に関する方針について、その変動をきたした所以のものであるように窺われる。
もとより更生手続の開始を申し立てた相手方会社の会社再建の方途に対する態度が叙上のように変動したことの一事のみを捉えて、直ちに相手方会社について更生手続による企業更生の見込はないものと断ずることはできないであろう。しかしながら現在において相手方会社がかようにその企業更生に関する態度を一変したこと、なかんづくその背景をなす諸般の情勢は、相手方会社について更生手続による会社更生の見込があるかどうかを判断するに当つての一の資料に供するに妨げないものと考える。
八、本件更生手続について管財人に選任された金子喜代太並びに鈴木祥枝の当審における供述並びに両管財人作成にかかる調査報告書、月例報告書及び「津上製作所の現況」と題する書面の各記載を綜合して考えると、両管財人はその就任以来、会社機構を改革し、人員の整理をなし、かつ販売機構の整備拡張の実現に努力し、まず東邦生命保険株式会社から差当り金一千万円の融資を受けて企業の運営に当つた結果、旧債務元利金の償還は棚上げとはなつているが、毎月相当なる利益を挙げてきたものであつて、その間前記融資の半額は既に弁済し、残額も近く返済の見込であること、両管財人としては、更生手続によつて相手会社の企業再建を図ることについてはその見込があるものとなしていることが窺われる。
ところで前両管財人及び相手方会社代表者の当審における各供述前掲相手方会社役員より提出された上申書並びに前段第五の六において説明した事実をあわせて考えると、更生手続開始以来両管財人の鋭意努力にもかかわらず、債権者として最も有力な抗告人大和銀行を始め多数の債権者は更生手続に異議を唱え、関係人集会その他の場を通じて熾烈に争いつづけてきたばかりでなく、殊に昭和二十九年七月下旬に至り管財人から更生計画に関する試案が有力なる利害関係人に内示されるや、これに対しては一般債権者の代表委員は不同意を表明し、有力な多数債権者の反対を受けるに至つたこと、右更生計画案は当時としては実行可能性のある最大限度の試案であつたが、これを実現するために出資を内諾していた他の事業会社がその出資を拒絶してきたためと、多数債権者の反対のためとによつて、遂にその更生計画試案は実現するに至らなかつたこと、更生計画の成否については、債権者として殊に担保附社債権者を代表する立場にある抗告人大和銀行の動向が重大なる決定的要素となつていることが一応認められる。
かような客観情勢から考えると、多数の債権者殊に更生計画の実現について有力なる鍵を握る抗告人大和銀行が更生手続による解決に極力反対している現在、我が国経済界において企業経営について優れた手腕経歴を有する管財人の努力によつて更に有利なる更生計画案が樹立されたとしても、到底債権者について必要数の同意を得ることは、期待しがたいものと思われる。
九、前記調査委員から提出された意見書(会社更生法第四十条第一項)には、更生手続を開始することが適当であるかどうかについて次のような見解が示されている。
(一) 相手方会社の債務超過額は四億数千万円であつて、まさに支払不能の状態であるので、相手方会社の経営を客観的にみると破産の原因が実在している。従つて客観的見地からすれば、相手方会社は破産の途を進んでいるもので、更生の途を進み得ないものであるといい得ると思う。仮りに更生手続が開始されるとしても、資産と営業の状態が不良な相手方会社では、日ならずして経営が行きづまり破産の申立を受ける可能性があるのではなかろうか。しかる場合は債権者並びに株主にかえつて不利益を与える結果となろう。以上の見地で客観的に本件をみると本件更生手続開始の申立は、会社更生法第三十八条第五号(更生の見込がないとき)に該当する事案であると思う。
(二) しかし一方相手方会社の経営面に捨て難い優良面がある。それは工場設備とその製品が優秀であることである。そこでこの優秀部門を切り離して他の安定した同種企業体に合併又は売却して、それで得た代償もしくは代金を債権者に配布し、企業を更生させる方法も考えられる。会社更生法は企業の更生を主眼としたものである限り、この種の方法も違法ではないと思う。
(三) 或いは本件のように更生の見込がなかなか確実とは思われない申立ではあるが、前記の優良部門について採算のとれる製品について小規模に企業を合理化して経営することによつては、更生の見込が全然ないわけではないと思われるものについては会社更生法第百九十一条の法意等を勘案して、更生手続を開始することも失当ではないように思う。この場合は巨額な債務の償還は到底期待されないであろうし、新経営のための資金調達に一苦労があろう。その他企業合理化に幾多の艱難のあることが予想されて多大の努力が期待される。
前記調査委員の見解は本件の処理について、右に記述したように(一)ないしは(三)の措置をあわせ考えるものであるが、そのいずれの処置を適当とするものであるかは、意見書の記載自体によつては明かでない。この点について当裁判所が証人として前記調査委員広井義臣及び土肥東一郎を尋問した結果によると、前記調査委員は前述の(一)ないしは(三)のいかなる措置を適当とするかは、専ら裁判所の判断に委ねるという趣旨において、その意見を具陳したものであつて、いずれに重点をおくという考えではなく、前記(一)ないし(三)の方法を併列的に上申したものであることが諒とされる。しかしながらこの意見書によつても明かなように、相手方会社の更生手続による会社企業の更生が、しかく容易のものでなく、むしろ甚しく困難であることを物語つているものと考えざるを得ない。
十、両管財人を始めその他管財事務担当者が更生手続開始以来、相手方会社の更生を実現するためになされた幾多努力については並々ならぬものがあり、これを多としなければならないものではあるが、それにもかかわらず、前段第五の四以下に説示した諸般の情況をあわせ考えると、本件においては、相手方会社について、前段第五の一において説明した趣旨において、更生の見込がないものと判断するのが妥当であると認めざるを得ない。
十一、相手方会社、管財人その他利害関係人から提出された各上申書その他の疏明書類を仔細に検討しても、叙上の判断を翻すことが相当であるとの心証は得られない。
第六、結論
以上説明したところによつて明かなように、本件については、会社更生法第三十八条第五号にいわゆる「更生の見込がないとき」に該当するものと認めるので同法条によつて相手方のなした更生手続開始の申立は棄却すべきものとする。従つてその他の抗告理由についての判断は省略する。
よつて原決定を取り消し、本件更生手続開始申立を棄却し、申立並びに抗告費用を相手方に負担せしめることとして、主文のとおり決定する。
(裁判長判事 浜田潔夫 判事 仁井田秀穂 判事 伊藤顕信)
<以下省略>